tsugubooks

会社員が、本をお届けする活動・tsugubooksをやってみたキロク。東京での間借り本屋活動や、全国の本を追っかける本屋旅のことを。少しずつ整えていきます。

「だからその仲間になっていたい。」(『一緒に冒険をする』より 本城慎之介さんの言葉)

目黒区のアパートで、5歳の女のことが、親から虐待を受け死亡した、というニュースを見る。

 

目黒区で。
5年間必死で生き延びた子ども。
5歳。どうにかできたのではないか。どうにかどうにか。
自分も東京に住んでいる。このまちで、そんなことが。自分にできることはなかったのか。できたかもしれないこと、これから自分ができること自分がやらねばならないこと。

 

報道のあと、
「自分のこどもなのに守りきれなかった母親が悪い」
「そもそもなんで離婚したんだ、二人で育てられないなら、初めから産むな」
「親は子どもを愛して当たり前、なぜそれができないのか」
という言葉を聞いた。
それはTwitter上の見知らぬ人が発した言葉ではなく、普段どういう暮らしをしてどういう仕事をしてどういうことをしているのか、知っている人が発したものだった、音で聞いたのだ。

 

親って、そんな完璧な人間なのか?(そもそもそういうのを「完璧」というのか?も疑問だけれど。)
子育てって、親だけがやることでしたっけ?
いつから子どもを産むのも自己責任になったのだろう。
いつから子どもは両親だけが育てるものになったのだろう。

 

子どもは親に守られて、二人に育てられて、親に愛される。100%それが実現される社会。そんなの一度でも実現されたことがあっただろうか?私は見たことありません。聞いたこともない。

 

親に守られて育ったし、父からも母からも愛されたと思っているけれど、でも同じくらい近所のおばちゃん、友人のおばあちゃん、学校の先生、塾の先生に関わってもらったと思っているし、そういうのは恥ずかしいし面倒だし得意ではなかったから関わりが多かったとは決して言えない。避けてきたほう。でも時にかけられる一言が、今となってはセーフティネットだったと感じているのです。いろんなものが絡まって、自分を支えるというか、すくい上げてくれるというか、あと一歩のところからはずれないようにしてくれていた。ギリギリのところだった。(自分の親が至らないという意味ではなく)親がどんなに頑張っても親だけじゃ無理です。

「親がXXXすべき」は、わかった。でもそんなこと言う前に、あなたが一言まちのこどもに声かけてみたら?

 

子どもは大人に守られるべき、と思っている。
そういう意味で親は人のいのちを守るために、頑張らねばならない。
でも頑張れないときもあるから、その時に親はサポートを受けられる仕組みが必要だし、そういう人に声をかけられる社会であってほしい。
それから、頑張りを何らかの理由で初めから放棄する親もいるだろうし、その時には子どもは他の人に守られるよう仕組みが必要。
(今回の話でいえば、「ひとりで安心して育てられる環境」があったら、「こどもをモデル体型にすることが大事という考えより大事なことがあると気づかせられる環境」があったら。どこかで違ったかもしれない。親に長期間で対話をするように関われたら。)

 

なんでもかんでも「自己責任」という人、自分で解決できなかったことってなかったんだろうな。
全てをどうにかしてきたのかと思えば偉いなー頑張ってはるんやなーと思うし、(100%自分だけでどうにかできるわけないので)傲慢だなーとも思うこともあるし、じゃああなたが今後解決できなかった時、どうするんですか?と訊きたくなる。
みんな自分だけは、何も起きない、自分は道からはずれない、そんな意識がどこかにあるんじゃないか。外れるよ。簡単に外れるよ。そんな時どうしますか。


我が家には、自分たちだけでは解決できないことが、たくさんあったし、今もあります。外れてる。常に誰かに頼って生きている。
特段社交的ではない家族だけど、常にまちの中で社会の中で生かされている。生き苦しいと時に思いながらも。

 

自分にも他人にも、ゆるく優しくありたい。自分はそんな社会で暮らしたいから。
親、行政、民間サービス、まちの人、両親の友人、幼稚園や学校。それらが全力で関わって、やっとどこかに引っかかるのでは。自分も引っかかりの一部になれたら。

だから今日もtsugubooksをやるのです。

 

今は社会に余裕がなさすぎる。


社会のだめなところを見て批判して満足する人間にだけはなりたくない。
自分が関われる範囲で、自分ができることを、やる。自分も社会の一員なのだから。

 

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『一緒に冒険をする』(西村佳晢 / 弘文堂)の、本城慎之介さんのインタビューから、抜粋。

 

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--あるインタビューで「自己肯定感を持てない子どもが増えていると言われるけど、それを持つためには、失敗しても、助けてくれたり慕ってくれる仲間がいると思えることがとても大事」と話していましたね。

 

本城 親との関係や生育歴を原因にしてしまうと、結構絶望的かなぁって思うんです。もちろん大事だけど、「それがないと」と言われてしまうのはね。親との関係って、子どもにはどうしようもない。どうあがいたって、ある一定の年齢になるまで親との関係は変えられないと思うんですよ。

すると、親と暮らした記憶がないとか薄いとか。そういう人は自己肯定感を持てないという話になってしまう感じがするけれど、僕は何らかのかたちで社会とつながっていることができれば、そこで仲間を見出すことができれば、親との関係やあるいは自分自身との関係がいろいろこんがらがっていたとしても、自己肯定感について光というか救いというか。きっかけを見出せるんじゃないか。
でも、だからその仲間になっていたい。

 

--自分が?

 

本城 はい。その仲間でありたいなぁ。

 

その仲間になっていたい、その仲間でありたい。